AAAでなぜ働くのか? 不条理と矜持

AAAは、「人間の広場」を創り上げていく運動体です。多くの人にとって、家賃を払わねばならない、食べていかねばならない、というような切実な問題がいつのまにか物に対する欲求=資本の論理に取り込まれ、その媒体でしかないはずのお金を得ようとする欲望だけで全てのエネルギーを費やしてしまっているのが現状です。ひどい場合にはお金を得ることが目的にさえなっています。すなわち、人間は物質的豊かさのなかでますます精神の貧乏を強いられているのです。何のためにどうして生きていったらいいか、という本質的な問題は忘れさられ、二次的な問題であるはずの物質的必要性(物質欲)が人間の前面に踊り出てきているのが今日の実態です。

確かにAAAはこの物質的必要性をここまで犠牲にしてきました。働いている先生やスタッフの安い給料、長い労働時間、苦しい仕事、それでも赤字経営、とどこをとっても満足のいくものはありません。しかし、どんな場合でも2人の生徒でも授業を続けてきましたし、無料授業も読書会も続けてきました、どんなに赤字でもSt-Josephもパリ進も続けてきました。映画の夕べも続けています。お掃除もスタッフで続けています。コンピュターも自分達で創っていますし、壁も自分達で塗りました。それは、お金が無いことは勿論ですが自分達の手で造りあげた暖かさをここにくる人達に味わってもらいたいからです。人間村を造ろうという私達が、自己実現すなわち人間の魂をまず自分の内にも外にも築き上げていく具体的な自分達の手作りの行為だと思うからです。

先生やスタッフも若く、真剣にやってくれる人達、一緒に人間村を創っていってくれる人達を選び、いまではこの週ではこれを学ぶという週単位のプログラムまでできていますし、フランス語や日本語のセクションでは教材をを作るだけでなく、教育環境を作るところまですすんでいます。

自分達がこのように生きてきた実態があるからこそ、私達はAAAやその授業に誇りを持っています。私達の人間の広場は根源的な問題を現場で追及していくところです。AAAに通う多くの人は「自分が誰なのか、私は本当に何をしたいのか」を探しに来た人々です。私達はその人たちに他人と共に考える場所を提供し、一緒に歩き、悩み、分かち合うことのためにAAAで生きています。人間村は、人と触れ合い思いやり、その暖かさを感じ、自分が役に立っていると実感できる喜びを味わうところです。確かにAAAがもし普通の会社であったら、すでに何十回となく倒産していたでしょうし、倒産できたらどんなに楽だったでしょう。しかし人間村の魂は、人間が生き続ける限り、掘り下げていくしかありえません。

私達にとっては倒産することすら許されていません。無益かもしれないこの戦いをただ永遠に続けていくだけです。もしかしたら、誰もこのことを解ってくれないかも知れません。しかしこの無益な闘いを戦う矜持こそ本当の勇気です。何にもならないこの戦いを生きつづける喜びこそ人間村の心です。言葉や教育が道具(物)と化してしまうとき、AAAのやっていること は意味を失います。しかし言葉や教育が人間の魂を創り上げていくとき、私達の生きていることは意味をみいだします。AAAが言い続けている「ことば=人間」とは主体的に生きているその人間達の赤裸々な感動、苦しみ、喜び、悲しみの毎日毎日の人間行為であり、生きる叫びです。従ってAAAは、言語教育をとうして次の事を原理としている運動体であります。

  1. 様々な人達がそれぞれの価値をもって集まる場所である。
  2. 自立した(自立を目指す)人々が集まる場所である。
  3. 私は誰で何を生きていくかを探す場所である。(自己と自己の価値)
  4. 可能な限り自分達の手で人間村をつくる。

以上のように、共同目的をもつAAAはその構成員に次の事を要求します。AAAは個人価値の実現の場としてあります。すなわちち自分がもっとも大切にしようとしていることを実現する場所として、AAAを(位置付けて)考えています。それぞれの様々な価値が混沌と混ざり合い、衝突し、エネルギーが燃焼していく場所がAAAです。従ってその個々人は以下の内容を常に考えましょう。

  • 自分のValues(価値)
  • 自分のCentres d’Intérêt(興味のあること、好きな事)
  • 自分のSavoirs(知識=学問、経験から得たもの)
  • 自分のSavoirs-Faire(能力=知識の実現化、実用化成功例)
  • 自分のLimites(弱点)
  • 自分が望む(労働)環境(時空的、金銭的、その他の条件)

生きている意味を探そうとすることは、悩みに悩んで、詰めて詰めて、秤にかけて、他人の評価を経て、練り直し、また血みどろな葛藤を繰り返す意外に方法をもちません。人生の大事な決定をする時に、この一覧表を作って整理してから一歩を踏み出すと、弱点の克服、Savoirs(知識)をSavoirs- Faire(知性=能力)にかえる、越えない一線の見極めができるようになります。

するべき事の体系化がなされ、同時に自分の現在位置と到達すべき目的地も鮮明になります。言い換えれば ”過去を背負った今の私” と ”未来を用意する今の私”という場所を明確化でき、今の私の時間的場所と意味を見出す事ができます。(過去や未来を今生きる)一方、他人の見地も得られると擦り合わせができ(自己と他との自己同一)もっと完成度の高いものになるのです。仕事とは、価値を創造するか、増加させる人間の活動です。この「価値」は物的(Matérielles、Physiques)でも、精神的(Spirituelles)でも、感情的(Affectives)でも、知的(Intellectuelles)でも良いわけです。

理想的に行けば、この価値は本人のBien-être(満足)に寄与し、次にその周囲の人々(家族、友人、同僚、知人)のそれに、そして、本人の属する共同体の、人類全般の、地上の全ての存在の、強いては宇宙全体のBien-êtreに寄与すべきものですが、現実はそう甘くありません。それぞれのレベルのBien-êtreはぶつかり、矛盾し、多くの葛藤や紛争の原因となります。今、敢えて結論を求められるなら、私の「仕事」で満足を得る対象が量的に時空間的に多ければ多いほど、価値の創造者である私の満足度も高いので、その喜びを生きようと思うわけです。

日本で脱サラし、起業してひーひー言いながら頑張っている私の友人は、「仕事とは、自分以外の他人の為に行う行為の全てを指すが、他人のために行った行為が必ずしも他人に喜ばれるとは限らない。仕事とはそれを確認する機会であり、他人に自分の行為を認証して貰う機会である。」と答えてきました。注釈として、「一人で仕事してると、自分がこれは!と思っても人様には屁でもなかったり、お邪魔虫ーって事が多いんだよー(笑)。」と。そこで、この「認証」と言うのが最終的には金銭的評価になって体現化されてくるのです。

セールスや広報は、自分達がやっていることへの自信と誇りを他人に伝えます。それぞれのセクションは、そのセクションがどういう価値を創り出し、どのようにその価値を増加させているかを(セクションの価値)自問しなければなりません。

1.自分はその価値を作り出す過程の何を担っているのか?

2.自分とのコンセンサス(自分はそのことを納得しているのか)は取れているのか?

  • 自分はこのセクションを採算ベースに乗せられるのだろうか?(自分の能力)
  • 自分はこのセクションの責任を取ることに喜びを見出すだろうか?

3.他のメンバーは何を担っているのか?

他のメンバーのそれぞれの能力と委託できる事の確認:

他のメンバーとのコンセンサスは取れているのか?

  • 授業の質を上げることができるか?(セクションが要求する事)
  • この先生はAAAに参加している事の意味を生きていくのか(教師としてのあり方)
  • 授業だけでなく、AAA運動に参加していくのか?(教師としての行為)
  • 喜びとしてそれを受け止めているのか?(教師の喜び)
  • 授業は採算ベースに乗っているのか?(教師としての能力)

4.広報/宣伝活動

自分達が創り出している価値をできるだけ多くの人に知ってもらい、享受してもらい、認証してもらう活動です。

まず確認しなければならないのは自分が誇りに思わないものは売るな!ということです。

自分が自信をもって創った価値(ここでは授業)でないと売る事はできません。

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