AAAで生きたフランス語を学ぶ

生きたフランス語とは何か?

言語はそれを使って生活している人々の現場の中で生きています。フランス語をここで体得していくのは、未知の世界とぶつかりあい、様々な困難に遭遇することです。

異国で生活することは、受け入れてもらえない自分を、頼るべきものが何もない状態の自分を経験することです。これは単に異国での異邦人としてでなく、自己に対して自分が誰であるのかを問うことになります。フランス語が主語(主体)中心言語として今日まで生き続けてきたのは、自立主体としての個々の人間を問い詰めてきたからです。

つまり私達現代人は、自分自身の主人公になることと引き換えに、自分という不安を抱えることとなり、自らの決意なくしては支えるべきものが何も無い主体(主語)を抱えてきているのです。

言語論理(文法)はその人の行動様式や思考方法を決定していきます。本校では会話中心の初心者の段階から思考/行動様式の徹底的な訓練を行い、言語論理を体得し自立する人間を創造していきます。特に日本人のように主語/主体の無い人々にとって道具としてでなく、赤裸々な人間そのものとして言語を学ぶこと以外にフランス語をものにする方法は無いと考えています。私達はフランス語の中で自分自身が誰であるかの選択を授業の内/外で生徒に問いかけていきます。

この様に主体的自己を創造することがフランス語を学ぶことであると考える本校の理念は、毎日のクラスの中で、ただの道具や知識としてでなく、物を買ったり、道を聞いたり、テレビを観たり、家賃を交渉したり、新聞を読んだりといった実際の生活の言語です。人は言語を獲得することによって人間になっていくのです。(フランス人でさえ主体的自己が未発達の場合はフランス語に大きな問題があるといえます。)確かに現在まで言語教育の分野では様々な方法が論じられてきました。

文法段階法、クレデイフ、サジェストペデイ、コミニカテフアプローチ等々です。しかしながらこれらはあくまでも方法論の域を出るものではありませんでした。私達が訴えるのは本質論です。人間=言語です。この原理に立ってこそ方法論があらねばなりません。それぞれのシステムの良し悪しもこの原理から選択せねばなりません。ある方法はその場合には有効であり、他の状況下では有効でない場合もあるでしょう。『‘言語=人間’で在るが故に主体的に参加することによって、自己創造しつづける。』 学問することによって人間の在り方を問いつづけていく、生きた人間の場こそがAAAです。