パリジャンの血はカフェでできている?!

パリジャンの体内に流れるカフェ

セーヌ河岸、左岸、カフェ カフェ一杯で「私は美しい」と思える コップの縁についた口紅》これはジェイ・チョウ《愛の風船》の一節だ。この歌を聞いた人は、パリの左岸でコーヒーを飲みたくなる。

パリ中の古いカフェには、それぞれ伝説がある。カフェはパリのシンボルの一つであり、文化でもある。その中でも特に有名なのが カフェ・ドゥ・フロール(Café de Flore)だ。

では行こう!

カフェ・ドゥ・フロール

住所:172 Boulevard Saint-Germain, 75006 Paris

カフェ・ドゥ・フロールの名前はローマ神話の女神フローラが由来だ。この1887年創業のこのカフェはパリ5区のサンジェルマン大通りとサン・ブノワ通りの角に位置している。

カフェに入ると、ポスト第二次世界大戦の装飾、大理石とマホガニーの装飾が今尚残されている。

カフェ・ドゥ・フロールは、文学と強い結びつきがある。文学の勉強を促進するために奨学金制度を設けているだけでなく、奨学金受給者には2階にある特別席を1年間利用することが許可される。また、名前が彫られたコーヒーカップも与えられる。

カフェ・ドゥ・フロールは、中国の歴史にも刻まれている。1920年代、周恩来は1人で渡仏しこのカフェに足繁く通っていた。周恩来がお金があまり無かった時には、パスカルという名のサービス係が周恩来を援助するためにお金を貸していた。

周恩来は、パスカルとの友情・恩を中国の首相になった時でも一度たりとも忘れることはなかった。

彼は、パスカルに中国のタバコやお茶を送っていた。パスカルは送られた品々を同僚たちと分け合っていた。今尚、カフェ・ドゥ・フロールはこの話をお客さんに伝えている。

このカフェに観光客としてでは無く、自分はパリジャンだと思って訪れてみると良いだろう。

そして、一杯のカフェまたはブランチを注文し、パリジャンの生活に浸ってみるのも面白いかもしれない。

 

 

 

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